郡山城跡

郡山城跡

大和郡山市にある郡山城の歴史は、天正8(1580)年、織田信長の命を受けた大和の戦国大名筒井順慶の築城に始まります。
天正13年、豊臣秀吉の弟である豊臣秀長が大和・紀伊・和泉を領有して入城し、豊臣政権の畿内統治の拠点として本格的な城郭が作られました。
元和元(1615)年に水野勝成が城主となって以降は松平、本多、柳澤といった譜代大名が城主となり、幕末まで統治が続きました。
廃城後に間もなく城郭は失われましたが、城跡には石垣、堀や地割などが今日まで残っています。
郡山城跡は令和4(2022)年11月に国史跡に指定され、令和7(2025)年3月には城跡周辺が郡山城跡公園として整備されました。
また城内には柳澤神社や歴代藩主であった柳澤家から寄贈された書画、和歌・誹諧、古文書や蔵書など資史料が所蔵された柳沢文庫があります。



天守台



城跡公園から見た天守台



天守台から奈良市街を望む



天守台側道



城内本丸跡に鎮座する柳澤神社
江戸幕府5代将軍徳川綱吉の側用人として仕えた柳澤吉保を祀る神社



城跡公園中央ゾーン芝生広場



天守台から見た城跡公園中央ゾーン・東ゾーン



城跡公園近くの豊臣秀長の墓所である大納言塚



所在地:大和郡山市箕山町



豊臣秀長(城跡公園郡山城情報館)

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